FC2ブログ

南北朝についての日記?

ノー南北朝、ノーライフ。南北朝を愛してやまないド素人の恥かきブログです。

Entries

今度の日曜日は石龕寺もみじ祭!

観応の擾乱に登場する丹波の石龕寺で、もみじ祭が今年も行われます


足利氏ゆかりの石龕寺もみじ祭

丹波屈指のもみじの名所で、足利氏ゆかりの地としても知られている石龕寺で行われる「石龕寺もみじまつり」は昭和63年に村おこし事業の一環として毎年11月第3日曜日に実施されるようになり、伝統の護摩法要により参拝者の健康を祈願し、足利尊氏が率いる久下氏一族を偲ぶ武者行列のほか様々な催しも実施されます。

武者行列は地元の人々が、鎧・兜に身を包み尊氏や義詮に扮し、山南町井原・日吉神社を出発して石龕寺までの約3kmを練り歩きます。

日時:11月19日(日)

会場:石龕寺 兵庫県丹波市山南町岩屋2(JR谷川駅よりタクシーで10分、中国自動車道滝野社ICより30分)
※JA丹波ひかみ山南支店からシャトルバス有り

入山料:大人…300円、中高生…200円、小学生以下…無料(*紅葉期間中 *団体割引有20名以上)

問合せ先:石龕寺もみじまつり実行委員会(小川地域づくりセンター内)
〒669-3144 兵庫県丹波市山南町奥125-6
電話 0795-77-0044、FAX 0795-77-0444


石龕寺もみじ祭2017 1
石龕寺もみじ祭2017 2

丹波市観光協会お祭り情報館|お祭り、大好き!より)


今年は亀田俊和先生の『観応の擾乱』が刊行され大いに話題になりましたが、私は相変わらず観応の擾乱についてよく知りません…
石龕寺のことも聞いたことがあるくらいの知識です。

南北朝時代、足利尊氏とその弟直義の争いである観応の擾乱にて尊氏が敗れ一時、京都から播磨に逃れる際、嫡子義詮に仁木頼章、義長兄弟を添え、2000騎を当地に留めた。このとき、石龕寺の僧が足利氏に丹波栗を献上すると義詮はその一つに爪痕を付け、

「都をば出て落ち栗の芽もあらば世に勝ち栗とならぬものかは」(もしこの栗が芽を出せば、都に出て天下を取ったものと思ってくれ)

という歌を添え、栗を植え立ち去った。その後、首尾よくそのとおりとなったため「爪あと栗」または「ててうち栗」として伝えられる。


石龕寺 - Wikipediaより)

このお祭りは去年もご紹介し、その時も石龕寺をウィキで調べたわ…全然成長していない

そして、お祭りの紹介文のところに久下氏一族を偲ぶとありますが、(これも去年書きましたが)元弘3年(1333年)4月、尊氏が丹波篠村で幕府打倒の旗を上げた時に、真っ先に駆けつけたのが久下弥三郎時重! 実在の人物らしいです。

で、石龕寺のウィキの下の方、参考文献の部分に久下隆史氏という人がいて、もしやご子孫の方!? と興奮しましたよ


お祭りの名前が「足利義詮ゆかりの」となる日が来るのを願っています。

関連記事
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

カオリ丸

Author:カオリ丸
下総国の住人。
南北朝初心者で、足利尊氏が好きです。
メールアドレス↓
alovet1305★あっと★gmail.com
(「★あっと★」を「@」に置き換えてくださいね)

最新記事

QRコード

QR

右サイドメニュー

検索フォーム

最新コメント