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南北朝についての日記?

ノー南北朝、ノーライフ。南北朝を愛してやまないド素人の恥かきブログです。

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歴博期間限定展示に越前島津家文書が登場!

今日からの国立歴史民俗博物館の期間限定展示は越前島津家文書です


期間限定の展示資料
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)

総合展示室および企画展示室で特別展示される主な資料です。貴重な原品は長期間の展示に耐えられないため、期間限定で展示されます。この機会をお見逃しなく!
(予告なく変更されることがあります。)

第2展示室 大名と一揆 終了予定日:2018年6月3日(日)

越前島津家文書 上杉朝房奉書(竪紙)
本館蔵

越前島津家は薩摩島津氏の同族で、鎌倉初期に越前守護代となったことが家名の由来だが、実際は播磨国の武士であった。江戸時代、その中世文書群は薩摩島津氏の分家である重富(しげとみ)島津家に伝えられた。

当時、室町幕府の政務を主導していた足利直義の邸宅・高倉殿(三条坊門殿)で開催される弓場始(ゆばはじめ)において、島津忠兼に対し射手として参勤するように命じたもの。直義の命令を受けて本文書を発給した上杉朝房は、御家人を統轄する小侍所の所司(長官)の立場にあった。



リンク先で画像と釈文が見れる…はずなんですが、画像のリンクが間違ってるのか、見れませんね。
なので同館の展示図録「中世の武家文書―館蔵資料から―」より、写真を撮りました↓

貞和5年8月8日 小侍所所司上杉左馬助奉書(高倉殿弓場始射手催促状)
小侍所所司上杉左馬助奉書(高倉殿弓場始射手催促状)
↑図録ではこういう文書名。

越前島津氏については以前ちょっとだけですが調べて(というか主に読書感想)このブログにも記事を書きました。古典太平記に登場する「島津安芸前司」が大好きなもので
(よろしければカテゴリ「島津安芸前司」をご覧ください)

島津忠兼は尊氏の近習・馬廻衆だった人で、南北朝時代における越前(播磨)島津氏のなかで最も活躍した人物。
前年、尊氏が京の諏訪社へ法楽の笠懸を行った際も射手として選ばれています。


ところで、弓場始はこの書状の日付の4日後、貞和5年(1349年)8月12日に尊氏の新邸にて行われました。(直義の…というのは間違いですね…
2か月前には貞和の政変があったり、とにかく何が起こるかわからないような洛中の状態だったと想像されます。
現にその深夜、高師直が挙兵し尊氏の邸を取り囲んでいますね
こんなときにのんきに弓場始なんて尊氏は何を考えているのか理解不能、というような意味のことを『観応の擾乱』の亀田俊和先生が以前ツイッターでおっしゃっていましたっけ(笑)

いろんなことが想起させられる文書ですね


(しかし、説明の中の小侍所の部分が間違っていませんかね…? また「仰」は尊氏じゃないかと思うし、さらに越前島津氏の説明も微妙に…

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Author:カオリ丸
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