南北朝についての日記?

ノー南北朝、ノーライフ。南北朝を愛してやまないド素人の恥かきブログです。

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濃密吉野&京都旅 吉野編(2日目)その2

吉野&京都旅行記の続きです。

これまでの分はこちら↓
吉野編(1日目)その1その2
吉野編(2日目)その1



吉野ではこちらのツアーに参加しました↓
太平記の里感涙体験ツアー表
太平記の里感涙体験ツアー行程表

吉野の地図
吉野みてあるき


さて、自由散策時間です
タクシーで金峯山寺蔵王堂を出てまず向かったのは、村上義光の子・義隆のお墓です!
父は大塔宮の身代わりとなって壮絶な自害、息子は追っ手を引き受けて奮戦の末の自害という最期を遂げました。

吉野みてあるき一部アップ(村上義隆墓)
吉野のメインストリートを南下(この地図だと左上に行く)、角に勝手神社跡のある細い道を入って行きます。かなりくねくねとした山道。

村上義隆墓
村上義隆墓。

こちらをネットで調べていた時に「路傍にある」とありましたが、まさしくその通り、本当に道端にありました。
清々しい感じのお墓でした。あっけらかんと、何のしがらみもなく、今は自由、というような感じを受けました。(例によって、お墓に対面してその人物像やらを勝手に妄想するというあれです

天川への道
この写真のすぐ右にお墓があります。この先は天川方面で、大塔宮が蔵王堂を後にして進んだルートと推定されています。
宮はここで義隆が敵を遮っていたために、その先を落ちていくことができたんですね…。


感慨に浸っていたかったですが、時間が気になったのですぐまたタクシーに乗り込みました。
次の行き先は大日寺。
この道を戻り、メインストリートに出る手前左に下りの階段があります。

大日寺に入る道
黄色い看板があります。ここでタクシーを降り、徒歩で向かいました。(タクシーには待っていてもらいました)

道なりにまっすぐ行くと、突き当り奥に大日寺があります。看板の所からわりとすぐです。

大日寺
大日寺。

日雄山(ひのおさん)大日寺は村上義光・義隆父子の菩提寺。
もともとここは役行者の高弟日雄角乗を初代とする日雄寺というお寺があったが室町時代に焼失、のちに寺名を改めて建立されたのがこの大日寺だとのこと。
また、御本尊は平安時代の作になる五智如来。とても有名なんだそうですね。

小さなお寺で、門をくぐって境内に入ったあたりで女性が出てきて本堂を開けてくれました。
まず五智如来を拝観させていただきました。優美だけど甘すぎない感じとでも言ったらいいか…(仏像はよくわからないんです)。気品のある佇まいでした。

義光・義隆のお位牌は仏様のいる部屋の左、入口を入った正面にあると女性に教えていただきましたが、たくさんあり、どれが村上父子のかはわからないと言われました。
ご住職がいらっしゃたら、いろいろ伺えたかな。菩提寺となった謂われとか知りたかったのだけど。また行こうと思います!

(こちらは稀にお留守のときがあるらしいので、事前に確認を取ったほうがいいと思いますよ


タクシーの運転手さんに「急ぎ目で」とお願いしたり私もあまりのんびりしなかったせいか、10分近くの余裕をもって集合場所のケーブル吉野駅に到着しました。

ちなみに、金峯山寺の仁王門前を出たのが13:50くらいで、集合時間が14:30。30分くらいで行ってきちゃったのか。混雑する時期だったら、もっとかかっていたと思います。料金は2,190円でした。(運転手さんの運転テクニックが素晴らしくて、天職かと思いながら乗っていました!)
(Fさん情報ですが、吉野は迎車料金はかからないのだそうです

ところでどうしても言いたいことがあります!
時間は前後しますが、自由散策時間となって指定した仁王門前に行ってもなかなかタクシーが来なかったんですね。もしかしたら私が遅れたので帰っちゃったかと、すぐ前にあったお土産屋さんに「タクシー停まっていませんでしたか」とお聞きしたら、ご親切にタクシー会社に連絡して下さいました(涙)
なんというか、親切をしているという感じじゃなく、当然のことをしているという感じで、感動しました。
観光地ですので慣れていらっしゃるのでしょうが、本当にうれしかったです。どうもありがとうございました!

萬松堂さんです。 → 萬松堂|吉野山観光協会

店先に座ってらしたおばあ様も本当にお優しく心配して下さって 今度行ったら、名物の草餅を買って帰りたいと思います。



さて、バスに乗って待っているのももったいないので、集合時間まで少し先(南から来たので、北の方へ)まで歩いてみることにしました。
するといくらも行かないうちに大塔宮が堀をうがったという、赤い橋が!!

大橋
堀の上に橋がかけてある。(これは渡ったところで撮った写真)

ここは前日バスで通ったときにFさんに教えてもらったところで、また来れてうれしかったです
Fさんによると、人工的に掘った跡が確認されるとのこと。

大橋の堀1

大橋の堀2
上から撮ってみましたが、ここからだと全くわかりませんね

こちらは「大橋」というのだそうです。

大塔宮が吉野に蜂起されたとき、三空堀に見たてられた谷にかかる大橋・天王橋・丈の橋を吉野三橋といいます。大橋は七曲り坂を登りきった攻が辻のすぐ上手にある、朱塗りの欄干の橋。天王橋は竹林院近くの小さな橋です。丈の橋は残っていません。
吉野町公式ホームページより)

吉野みてあるき一部アップ(大橋・村上義光墓)
↑大橋はほぼ中央、「下千本」とある下(というか左)、七曲りの左上あたりにあります。

吉野はこの道(メインストリート)しか攻める道がなかったのだそうです(田中さん情報)。
Fさんは吉野町HPの説明にある「攻が辻」のことも教えてくれましたっけ。私は全然調べたりなかったんだなあ、と思いました。


時間が来たのでバスに乗り込み、このツアーで最後に訪れる吉野神宮へ向かいました。
吉野神宮は建武中興十五社の一つで、明治22年創建。祭神は後醍醐天皇です。
また吉野神宮がある地は、大塔宮を攻める幕府軍の総大将・二階堂道蘊の本陣となった場所。「丈六平」というそう。

吉野神宮 鳥居
吉野神宮の鳥居。

写真で見て知っていたけど、本当に大きな区域でした。雲っていたせいもあるのか、人もほとんどいなくてちょっと寂しい雰囲気。もっと人が集まってほしいな~。
(初詣には人でにぎわうかな、と思いましたが、そういえば旅館の仲居さんとお話しした時に初詣には橿原神宮に行くと言っていたっけなあ…)

吉野神宮(リーフレット)
リーフレットの写真。春はこんなに華やぐんですね。

こちらでは宮司さんからお話をお聞きしました。後醍醐天皇のことや、神社の沿革などをわかりやすく説明していただきました。

吉野神宮 摂社
こちらは摂社。

奥に御影神社、船岡神社、瀧桜神社があり、南朝の忠臣(?)たちが祀られています。
御影神社は日野資朝、日野俊基、船岡神社は児島高徳、児島範長、桜山茲俊、瀧桜神社は土居通増、得能道綱で、私は桜山茲俊が祀られていて感動しました。
(桜山茲俊については、よろしければ過去記事「太平記巻第三 桜山自害事」をご覧ください)

本当はここにもお参りしたかったのだけど、近くに寄る時間は残念ながらありませんでした。

こちらでは正式参拝をさせていただくことになっています
正式参拝なんて初めて! どうやってやるんだろう!? とワクワクしてビューローの方にお聞きしたら、流れで私が玉串奉奠をすることになってしまいました… 完全に藪蛇です

奥の本殿?に進み、やり方を権宮司さんとおっしゃるのでしょうか? 装束を着たやはり位の高そうな神職の方に教わりましたが、なんか間違ってしまって恥ずかしかったです。
その前後に、皆で整列して鈴や大麻(おおぬさっていうんですね)で払っていただきましたが、爽やかな気持になりました。
そしてここではただただ後醍醐天皇の冥福を祈りました。前日の法要ではお願いをしましたが、なぜか自然とそういう気持ちにさせられたという感じです


これまで様々な解説をしてくださった田中さんとはこちらでお別れでした。

田中さんのお話は修行の中でつかんだことを話されているんだと思います。それは本当に心に染み入る。だけどそれを私がここに再現することは不可能なんです。私の精神修養不足もあります。自分流に咀嚼してここに表すこともできない…。
ぜひ、田中さんのお話をじかに聞いていただきたいです。

最後のこの吉野神宮でおっしゃっていたのが「自利利他円満(じりりたえんまん)」という言葉。なんていい言葉なんでしょうか。泣きたくなります。
自利利他円満とは仏教語で、「自ら仏道を成じてさとりを得るとともに、他に仏法の利益を得させること」(広辞苑第二版補訂版)というらしいのですがこれが転じて、「自分の利益が他人の利益につながる」という意味で用いられていることが多いみたいですね。

田中さんのおっしゃった厳密な言葉の意味は忘れてしまったのですが( でもね、それでいいと思う)、私個人の大まかな解釈は、「自分が幸せなら、他人(=世界)も幸せになる」です
本当に、自利がないと駄目です。自分を愛することがまず大前提です。これが入っているということで、本当に修験道の心って素晴らしいと気付かされました。
(修験道だけの言葉ではないようですが)
田中さんとお会いできたのは僥倖でした。ぜひまたお会いして、たくさんお話をお聞きしたいです!

ちなみに…
東京の日本橋にある奈良県のアンテナショップ「奈良まほろば館」では奈良や吉野についての講座などがたびたび行われており、何度かこのブログでもご紹介していますが、田中さんも幾度か講師をつとめていらっしゃるそうです! なので吉野に行かなくてもお会いできますよ~ 楽しみです!



そして二日間にわたったツアーの行程もこれでおしまい。バスは近鉄吉野神宮駅で止まりました。

史跡めぐりでツアーというのはどうなのか、経験したことがなかったのでわからなかったのですが、参加して本当によかったです
吉野ビジターズビューローさんが自負するところの、大手の旅行会社では絶っっっ対に出来ないような企画だったと思います。
地元の縁をめいっぱい使っていたと思うし、そもそも話して下さる田中さんが普通の人じゃない!!
また、今回のツアーはもっと宣伝すればよかったのにと思う。こんなに特別感のあるツアーなんてない。とくに南朝妙法殿。これは凄すぎた。
ツアーの名前に「感涙」とありますが、南朝妙法殿の法要とともに吉野神宮での正式参拝もあるし、後醍醐ファンがまさしく感涙したと思います。

そして、ビューローの方たちもとても親しみやすく、ゆったりと構えていてくださっている感じで、すごくいい雰囲気でずっと過ごすことができました。
本当にお世話になりましたm(_ _)m また南北朝企画を楽しみにしています!




さて、ツアーは終ったけど、私の吉野旅はまだ終わっていなかった。
自由時間で行きたかったけど時間が足りなくて断念した村上義光のお墓へこれからタクシーで向かいます

(余談ですが…駅前にタクシーが停まっていて、これを逃したくないとの思いから焦ってしまい、私はツアーの方たちへご挨拶をせずにお別れしてしまいました…うぅ、痛恨の極み…


義光のお墓へは来た道を戻る形になります。

吉野みてあるき一部アップ(大橋・村上義光墓)
さっきのと同じ地図。吉野神宮駅は切れてますが吉野神宮のさらに下(北)にあります。

KIMG1042.jpg
ろくな写真を撮れなくて無念です…
この右に↓の石碑が曲がって建っていました。
KIMG1043.jpg

階段を上がるとすぐです。

村上義光墓
村上義光墓。

ここも、実に清々しく気持ちの良いお墓でした。ひきしまって、凛としている。武士の潔さみたいな(生前の義光ですね…涙)、澄み切った感じで、美しささえ感じました。
なぜかとても立ち去りがたかったです。
この角度からは見えませんが、新しいお花が供えられており、子の義隆のお墓ともとても丁寧に管理されている感じが窺がわれて、とてもうれしくなりました。

村上義光墓 説明板
説明板。

『太平記』で村上父子の奮戦を読んでから二人が大好きになり、いつかお墓にお参りしたいと思っていました。その本望を遂げられて、いま思い出しても胸がいっぱいになります。


15:30過ぎに駅を出て、戻って来たのが15:45~50くらいだったかな。タクシー料金は2,100円。
このあと近鉄吉野線に乗って京都へ向かい、今回の旅・吉野編は終りました。





吉野は深すぎてわかったようなことを言いたくない、と旅行記の初めに書きました。吉野のほんの一端に触れた旅でしたが、一端だけで「すごいものに触れてしまった」とゾクゾクするような感じを受けています。

また、濃いということも書きました。
あの「濃さ」ってなんだろう…日常生活に戻ってからもよく考えてみますがまだよくわかりません。
宗教とか、山の上だとか、都市部から離れていることとかいろいろあるとは思いますが…。


それと、全山という感じで後醍醐天皇ラブ、という印象を受けました
戦前の皇国史観とかは関係なく、純粋に後醍醐さんを敬って、大切に想っている。そこにすごく感動しました。
そして皆さん口々に言っていて印象的だったのが、後醍醐さんがエゴではなく、国の民のことを思っていた、思って行動していた(思っての行動だった)ということです。私も不思議に素直にそう思え、吉野神宮で正式参拝して玉串奉奠のあと並んでいた時、それがストンと腑に落ちた感じだったんです。

もちろんすべてやったことが正しかったわけではなかったと思うし、北畠顕家の諫奏なども絶対に無視してはいけない。
(個人的に、エゴでもかまわないと思っているけれど)
でも、世間で言われていること、何でも鵜呑みにしたくはない。
自分で実像をつかみたい。
どちらにも偏らず、ニュートラルな視点を持ちたい。

そしてステレオタイプな見方が世の中あふれているが、でも実際はそんなに単純じゃなかろう。
もっともっと深く掘り下げて、物事を見ていきたい。

これまでもそういうスタンスでやってきたつもりだったけど、それでもまだ足りないことに気づかされました。

(念のため繰り返しますが…後醍醐天皇のやってきたことがすべて正しかったと言っているのではありません)



吉野に行って得たことや感じたことで、今の時点でなんとか言葉にまとめることができるのは以上のことくらいでしょうか。
もっと深めたいなあ。でも、

「私は吉野に帰ってくる」

って、思ったんです。
だからまた行くと思います。そうしてもっと明確になっていくと思う。

これからが、とても楽しみです




続きは明日、京都編に入ります

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