南北朝についての日記?

ノー南北朝、ノーライフ。南北朝を愛してやまないド素人の恥かきブログです。

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式部卿・洞院公賢

またまた知ったかぶりで書いちゃうんですけど…。


建武元年(1334年)12月、後醍醐天皇の先例にとらわれない政策により、故実家で有名な洞院公賢が式部卿に任ぜられた。
そこで公賢さんが一言。

「ありえなす」



(公賢さんに死語を使ってもらってしまいました。スミマセン…


なにゆえあり得ないのかというと、式部卿とは親王が任じられる官職だそうなんです。

『新訂 官職要解』(和田英松著/講談社学術文庫)をひも解いてみると、

式部省…
シキブシヤウとよむ。
礼式、および文官の考課(職務の勤惰、品行の良否を取り調べて、太政官に上申するをいう)、選叙(官を授け位を叙す)を掌り、大学寮を支配したのである。

卿(かみ)…
一人、文官の考課、選叙、礼儀のことを掌る。
ずいぶん重い役であるから、親王四品以上の御方を任ずる役である。
されば、物語文などに、式部卿の宮、式部卿の御子などと見え
(以下略)

とあります。

そういえば、南北朝で式部卿といったら宗良親王が思い浮かびますね。懐良親王も式部卿になっています。

そんな式部卿に任ぜられた公賢さん。
でも世渡り上手だから(たぶん。そしてほめ言葉です)おくびにも出さす、慎んでお受けしたことであろう。
(表情に一切あらわさないのがうまそうなイメージがあります)
しかしその日記『園太暦』には「信じられない、なにあの帝!」等々と書かれていた…かどうだかは知りません。
そもそも建武元年の日記は残っていないようですので…(笑)


先例を重んじる公賢さんがよりによって式部卿に、ということが面白いと感じたので書いてみました。

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