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南北朝についての日記?

ノー南北朝、ノーライフ。南北朝を愛してやまないド素人の恥かきブログです。

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京都文化博物館「北野天満宮 信仰と名宝 ―天神さんの源流―」展 開催!

今日から京都の北野天満宮をテーマとした展覧会が開催されます(ていうかもうされていますね)。


北野天満宮 信仰と名宝 ―天神さんの源流―
京都文化博物館



京都文化博物館「北野天満宮 信仰と名宝―天神さんの源流―」


平安時代の政治家・漢学者・漢詩人・歌人であった菅原道真公は、死後、天満大自在天神として崇められて、現在に至るまで「天神さん」「天神さま」として親しまれています。全国で1万数千社の天神社(道真公を祀る神社)が存在しますが、京都の北野天満宮は総本社として知られています。

天神信仰に関する展覧会はこれまでにも行われてきましたが、北野天満宮そのものを取り上げたものは多くありません。北野天満宮が培った長い歴史は、人々の崇敬の歴史といえるでしょう。時代ごとのさまざまな願いを反映し、北野天満宮には複雑・多様な信仰世界が構築されました。

本展覧会では、北野天満宮が所蔵する神宝を中心に、ゆかりある美術工芸品、歴史資料を一堂に集め、そこから浮かび上がる神社とその信仰のあり方を展観いたします。


会期:2019年2月23日(土)~4月14日(日)
 前期:2月23日(土)~3月17日(日)
 後期:3月19日(火)~4月14日(日)
※休館日:月曜日

会場:京都文化博物館4・3階展示室

南北朝に関する展示品:
・後宇多上皇御幸記 鎌倉時代 14世紀
・紫紙金字金光明最勝王経第一 鎌倉時代 永仁2年(1294) 後宇多天皇宸翰 重文
・束帯天神像 鎌倉-南北朝時代 14世紀
・足利義満下知状 南北朝時代 嘉慶元年(1387)12月3日
・詩歌巻 南北朝時代 14世紀 伝光厳天皇宸翰
・太刀 銘 安綱 号鬼切丸 別名髭切 平安時代 11-12世紀 重文(後期)


(注:間違いや見落とし等があるかもしれませんので、必ず目録(PDF)でご確認くださいね。
また目録には展示期間が載っておらず、展覧会ページに記載のある鬼切安綱のみ表示しました)



全部で8つに章立てされた展示構成のうち、第4章が「室町時代の北野天満宮」。

室町時代、幕府将軍として政権を握った足利家は、北野天満宮との関係を重視し、密接な関係を作り上げました。
各国の荘園を寄進することで安定した財源を与え、また酒麹商売においては天満宮に所属する西京神人に独占を認め、彼らに莫大な利益をもたらしました。室町時代はまさに、北野天満宮の飛躍の時代だったのです。



目録が発表されるまで期待していたのですが、南北朝の展示品はあまりありませんでした(例によって好みで後宇多院とか入れちゃいましたが)。

室町幕府と北野天満宮との関係が蜜月となったのは、南北朝以降なのかな。よく知らないのだけど、義教期には北野に将軍が参籠することが慣例化していたらしいですが…。

はあ、もっと勉強しないとだわ


また、北野といえば連歌でもありますね。そういった史料も展示されます


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生駒孝臣先生の講演会「楠木正儀と南北朝内乱-この楠はまさしく正成の子なり、正行が弟なり-」来月大阪で開催

大阪で、楠木正儀についての講演会が行われます。講師は生駒孝臣先生! 楠木氏研究の第一人者だそうですね。


平成30年度 史料でたどる「おおさか」講演会
「楠木正儀(まさのり)と南北朝内乱-この楠はまさしく正成の子なり、正行が弟なり-」


大阪市立中央図書館「楠木正儀と南北朝内乱-この楠はまさしく正成の子なり、正行が弟なり-」


楠木正成の三男正儀は、父正成や兄正行にくらべて知名度が高くありません。
しかし彼は、60年に及ぶ南北朝内乱の中の最も激しい時期を、楠木一族の棟梁として
父や兄よりも長く生き抜き、内乱の終結する直前まで活動しました。
その足跡は大阪市域にも数多く残されています。
本講演では、楠木正儀の生涯をたどりながら、南北朝内乱についてお話します。 

【講師】生駒 孝臣 氏(大阪市史料調査会調査員)

【日時】平成31年3月2日(土曜日) 14時から16時 (開場13時30分)

【場所】大阪市立中央図書館5階大会議室

【定員】300名(当日先着順)

【参加費】無料




無料ですよ、みなさん!!!

また、同時に大阪市立中央図書館では楠木氏と大阪についての展示も行うようです


<企画展示> 「楠木氏と南北朝時代の大阪」
楠木正成たちと南北朝時代の大阪との関わりをパネル等で展示します。

日時:平成31年2月22日(金曜日)から3月31日(日曜日)まで
場所:大阪市立中央図書館3階 エレベーター前




正成さんの存在が大きすぎて、正儀はかわいそうな扱いを受けているような感じがしています。
正儀の生き方を否定しないでほしい。…でもそれも見直されてきているようですね。いい時代だな~


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福島県湯川村にて「北田城と北田氏」についての講演会が開催されます

今週土曜日、福島県湯川村で中世の北田氏とその居城・北田城についての講演会が開催されます!


ゆがわ村「米と文化の里」講演会
「湯川村の古代vs中世~北田城跡の調査成果から見える会津の画期~」



ゆがわ村「米と文化の里」講演会「湯川村の古代vs中世~北田城跡の調査成果から見える会津の画期~」


○講演
<古代編>「北田城のルーツを探る~会津郡内の物流拠点~」
 講師:荒木 隆氏(福島県立博物館 主任学芸員)

<中世編>「北田城と北田氏」
 講師:高橋 明氏(福島県史学会員)

○ディスカッション
 パネリスト:上記の先生方
 コーディネーター:湯川村郷土史研究会会長 白岩 孝一先生(北田)

とき:平成31年2月23日(土) 13:00~(受付12:30~)

ところ:湯川村公民館2階大ホール

主催:湯川村教育委員会/0241-27-8880

※申込不要、入場無料




北田氏のことについては知らなかったのですが、検索してみると「応永16年(1416年)6月、北田城は蘆名氏によって攻め落とされ、城主・大庭政泰(北田上総介)父子らは討死し、北田氏は滅亡した」(ウィキペディア「北田城」)等とあり、南北朝時代にもしっかりと活動していた氏族だったんですね。

東北地方の南北朝はまだまだこれから勉強する領域です
待ってて、そのうちたどり着くから!!!


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明日の歴史秘話ヒストリア 「プロが選ぶ!日本を変えた室町三大事件」!!

明日の歴史秘話ヒストリアは観応の擾乱が取り上げられるっぽいですよ!!


歴史秘話ヒストリア「プロが選ぶ!日本を変えた室町三大事件」

歴史秘話ヒストリア「プロが選ぶ!日本を変えた室町三大事件」


番組詳細
『応仁の乱』を、最新研究をもとに捉えなおした新書が異例の大ヒットをするなど、今、「室町時代」が書店で一躍人気のジャンルとなっている。天下の大乱、数万人規模の一揆、将軍一族の骨肉の争い…。話題の新書を書いた3人の歴史のプロたちが推す、大事件の真相に迫る。250年続いた室町時代は、いったい日本をどのように変えていったのか?室町三大事件をひもとけば「日本の歴史」が見えてくる!

【キャスター】井上あさひ

放送予定:2/20 (水) 22:25 ~ 23:10 (45分) NHK総合




南北朝~室町が取り上げられるのは本当にうれしいですね
定着してほしいな~。


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日野資朝、尊円親王ほかの書状が展示 センチュリーミュージアム「書状-人と書とその時代-」展開催中

東京・早稲田にあるセンチュリーミュージアムにて、日野資朝等南北朝時代の人物の書状が展示されています!


『書状-人と書とその時代-』
センチュリーミュージアム


センチュリーミュージアム「書状-人と書とその時代-」展


【会期】平成31年1月7日(月)~平成31年3月30日(土)

【南北朝に関する主な展示品】
・日野資朝筆 書状(鎌倉時代)
・尊円親王筆 書状(南北朝時代)
・豊原国秋筆 消息(南北朝時代)




日野資朝の書状ってもしかして珍しいかもしれないですね。あまり見かけないというか記憶にないかも…。
こちらの美術館は収蔵品をデータベースで見ることができるのですが(解説や釈文付きです)、見てみたら面白かったです。

収蔵品データベース

年不詳ですが、6月初めごろに彗星(光り物)が出現したようですね。当時彗星は凶兆だったそうですが、資朝は何とも思ってないっぽい感じに窺えるのが面白いと思いました(笑)



尊円親王は伏見天皇の子で花園天皇の弟。以前も当ブログにて書いたことがありましたが、お顔や頭の形が花園さんと似てて驚きです

尊円入道親王アップ
花園院アップ(ウィキ「長福寺」より)
(ウィキペディア「尊円法親王」、「長福寺」よりお借りしました)


尊円親王の書は一度しか見たことがないのですが、好きです。ダイナミックでかっこいいの。
(データベースで見てもそんな感じですね)



豊原国秋は全然知らない人なのですが、豊原家は楽人の家ですよね。
以前参加した中世の笙についての研究発表会(レポというか感想はこちら)でもらった資料を引っ張り出してみたら、豊原家の系図があったー

豊原嫡庶略系図
赤で囲ったのが国秋。
ちなみに、国秋の2代前の龍秋(嫡流で、右の方にいます)は、尊氏さんの笙の師匠ですね

データベースには国秋の書は世にこの一つだけとありました!




いつも思うことですが、尊円親王にしろ豊原国秋にしろ、マイナー人物ですが調べてみると意外と食い込んでたりします。
私が知らないだけなんだなあ。
もっともっと、南北朝が知りたい!! と思うのは、もしかしたら古文書と接しているときが一番多いかもしれません


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後醍醐天皇皇子・恒性皇子(大覚寺宮)

このところ、吉川英治の『私本太平記』を読み返している。
現在文庫版の第4巻。一つ一つの出来事を丹念に描いていたり、主人公の尊氏があまり出てこなかったりだとか、本当はもっと長大な物語にするつもりだったんだなとつくづくと感じられて、今回は切ない思いで読んでいます。

で、第3巻に大覚宮(恒性皇子)という、後醍醐天皇の皇子が登場してくるのですが、初めて読んだときは「そんな人がいたんだ」くらいにしか思っていなかった。
今回は記憶にない皇子だなあと思って調べてみたら、実在していました!!

少し史実というか出自が違っています。

(読んでいない方にはネタバレとなってしまいますが…)
私本の方の大覚宮は、実の父が後宇多院、母が遊義門院(後深草院皇女)で後醍醐天皇の兄弟としてある。大覚寺・持明院両統の確執があることから周りをはばかって後醍醐の養子としたという設定。
(後宇多院が遊義門院を見初めて深く愛したというのは史実ですね

大覚寺門跡だったのを元弘の乱出来で出奔、備前の松田氏に匿われ、児島高徳と共に院庄へ入り、配流途中の義理の父・後醍醐天皇を陰ながら見送る…というストーリーで、大覚宮はここで物語からは去っている。


以下、ウィキペディア「恒性皇子」をほぼまるまるコピペです。



恒性皇子

恒性皇子(こうしょう(つねなり)おうじ、嘉元3年(1305年) - 元弘3年/正慶2年5月10日(1333年6月22日))は、鎌倉時代の皇族。後醍醐天皇の皇子。母親は源親子、義母は大叔母でもある憙子内親王(昭慶門院)。別名は大覚寺宮、越中宮。


経歴
大覚寺門跡となっていたが、元弘の乱で隠岐に配流された後醍醐天皇に連座し、1332年(元弘2年/正慶元年)に還俗させられた上で越中国射水郡二塚(現・富山県高岡市二塚)にある現在の気多社(悪皇寺宮)に流されて幽閉された。

しかし、翌年には後醍醐天皇が隠岐から脱出して倒幕の兵を挙げる。出羽・越後の倒幕勢が皇子を担いで北陸道から京都へ進軍しようとしているという噂を聞きつけた執権・北条高時は、皇子の北陸での挙兵を警戒し、越中守護・名越時有に皇子の殺害を命じる。時有の甥・名越貞持によって、皇子は側近であった勧修寺家重・近衛宗康・日野直通と共に暗殺された。なお、名越氏もこの約1週間後に放生津城(現富山県射水市)で、反幕府側にまわった御家人勢に囲まれて滅亡している。


墓所
太子墓と呼ばれていた高岡市二塚にある皇子の墓は、1912年(明治45年)の皇太子(後の大正天皇)の北陸巡啓の際に宮内省による調査が行われ、同県で唯一の皇族陵に定められた。現在は宮内庁が管理している。墓陵の近くには皇子ゆかりの品を伝えている浄誓寺がある。






その最期にショックを受けました…。暗殺されたんですね
そしてお墓が宮内庁陵墓にもなっているとは。
また、母・源親子は大塔宮の母ともされていますよね。ということは宮の兄弟! ただし、たまたま『本朝皇胤紹運録』の後醍醐天皇の皇子の部分のコピーを持っているんですがそれによると、「母亀山院皇女」とあるんですよね。こちらが間違いということなのかな?

(ていうか、恒性皇子で検索するとけっこう出てくるんですね。全然知らなかった


恒性皇子の墓
高岡市生涯学習センター「恒性皇子ゆかりの地」よりお借りしました。
今は静かに休んでらっしゃるように思えます(そう、思いたいですね…)。


ウィキの外部リンク「高岡市生涯学習センター「恒性皇子ゆかりの地」」には、遺物の写真や幽閉先での様子などがわずかですが見ることができます。
一緒に殺害された3人の側近たちの首が晒された跡もちゃんと整備されているんですね。


恒性皇子が幽閉された気多社(悪皇寺宮)ですが、皇子の死後に村人たちが皇子を祀って創建した神社のようですね。
悪皇寺宮というのは気多社の別名で、なぜそんな名称なのか、高岡市には「悪王子伝説」という言い伝えがあるそうで、そこからなのか?(皇寺、王子と字は違いますが)

(参考に→「昔話 民話 悪王子伝説(富山県高岡市二上山)
悪王子伝説は調べてみると成り立ちや背景などが興味深いです)

当時の悪という言葉には、強いとか凄まじく優れているとかの意味があったので、もしかしたら恒性皇子は同じ母から生まれた大塔宮と似た、武張った性質の持主だったのかも? などと思ったりもしました。だからこそ担がれたらやっかいだった……なんてね(この場合は悪皇子となる)。


恒性皇子陵墓探訪コース
↑こんな地図も発見。
こちら(17)からダウンロードできます。宗良親王コース(15)もありますね)

地図には恒性皇子を荼毘に付した場所「皇子三昧」と、宮内庁より指定を受ける前のお墓「太子墓」は、村人から忌み恐れられた場所と書いてあります。

ここ二塚での恒性皇子については、御霊信仰や悪王子伝説などが混ざっていったような経緯がありそうですね。
なんだかいろんなことを想像させます。

(詳しければもっと考察とかできただろうけど、残念!)

今ではきれいに手入れされ整えられていて、もう忌まわしい場所とはされていないようで本当に良かったなと思います。



また、ウィキに恒性皇子たちを手にかけた名越時有もその1週間後に滅亡とありますが、この辺りのことは古典太平記に記されていて、当ブログでも取り上げたことがありました。(過去記事「太平記巻第十一 越中の守護自害の事付けたり怨霊の事」)
私には耐えきれないほどの悲話です(とくに時有たちの死後のエピソードが…)。

時有たちに罪はないので、同じようにお祀りしてあげることができたらとも思いました。


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ツイッター始めました

遅ればせながら、ツイッターを始めました


https://twitter.com/kaorimaru111


まだ始めて3日で、ツイートもブログの更新通知だけしかないですが…。
あとまだよくわからない 失礼なことがないかだけが心配です(フォローをした後はずしてまたフォローをするということをしてしまいました うう…)。


ブログに書くまでもないようなちょっとしたことや、南北朝に直接かかわらない歴史についてをつぶやこうと思っています。
プライベートなことはいっさいなしですので、その点はご安心ください。

(そもそも、あまりツイッターは見ないので、ちょっと放置気味になるかも…)←なんで始めたんだ


私のホームはあくまでもブログなので、ブログの方の更新頻度は変わりません。

よろしければフォローしてくださいね。
ツイッターをやっていない人でも、閲覧は出来ます


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武蔵武士や中世に関する講座のご紹介

昨日に引き続き、講座のご案内です。
時期がまだまだ先の講座でもすぐ満席になってしまう場合もあることを知りましたので(涙)、なるべく見つけ次第ご紹介しようと思います。



埼玉県県民活動総合センター
南北朝の争乱と武蔵武士


内容:
鎌倉幕府の崩壊に始まる全国的な争乱は、半世紀以上および、社会に深刻な影響を及ぼしました。幕府の膝元にあたる武蔵国においては、より一層大きな変化が生じたところです。 よって幕府滅亡から鎌倉公方・上杉氏による支配体制が確立するまでを、社会経済構造の転換に注意しつつ、武蔵武士たちの視点から検討していきます。

講師:井上 聡(東京大学史料編纂所助教)

日時:5月7日・21日、6月4日・18日、7月2日 火曜日(全5回)
 10:00~12:00

申し込み方法:ネット予約、電話又は来館(受付順)
 ※2月1日受付開始



『武蔵武士団』(関 幸彦編/吉川弘文館)
講座とは直接関係ないですが文字ばかりなので『武蔵武士団』(関 幸彦編/吉川弘文館)
これすごく良かったですー




武蔵野大学生涯学習講座(千代田サテライト教室)
文献史料からみる中世武士の「徳」  【連続講座】武士の権力論 第七弾 第2回


内容:
明治時代に新渡戸稲造によって世界に紹介された武士の精神とされる「武士道」ですが、その呼称はあくまで江戸時代以降のものであり、中世の武士による自己意識の表現は種々様々なものがみられますが、具体的な言及は多くはありません。
しかし中世を通して武士が自己認識として「武士たる者」をどうとらえていたかは、わずかながら当時の記録史料から伺い知ることができます。
本講座では、中世の記録、物語史料などの表現にあらわれる武士の誉や必要とされる徳について記された文章に注目し、中世武士が栄誉を得るに相応しいと考えた要素がいかなるものであったかを確認します。

日時:2019年5月12日(日) 13:00~14:30
定員:50 名
講師:高橋 恵美子(本学非常勤講師・武蔵野学院大学教授)


( 「【連続講座】武士の権力論 第七弾」はそのほか、第1回「鎌倉時代の北条氏は明治維新にとっては悪か」(4月21日)などもあります。
全7回の情報はこちらをご覧ください)




武蔵野大学生涯学習講座(三鷹サテライト教室)
【連続講座】史料から日本の歴史を考える 全7回


内容:
私たちが知っている歴史は、古文書、古記録(こきろく)、日記、編纂物(へんさんぶつ)、金石文、絵巻、印刷物(はんぽん)などの記述に基づいて構築されています。
ただし、史料は書かれていることを無批判に引用することはできません。その史料が本当に当時のものか、書かれている内容が真実を伝えているか。そうした史料批判をした上で、歴史を構築していきます。
本講座では、そうした史料批判の結果、何が読み取れるか。さまざまな視点から考察していきます。私たちが知っている歴史の根拠を考える講座です。

期間:2019年4月17日 ~ 2019年7月16日 水曜日
時間:15:00~16:30
定員:30名

スケジュール:
第1回 4/17 醍醐寺の修験道-当山派が生まれるまで-
第2回 4/24 十六夜日記と訴訟
第3回 5/15 室町幕府奉行人が出す文書から奉行人の仕事を考える
第4回 5/22 中世の合戦と軍忠の認定―軍忠状の二形式・合戦と武器の変化―
第5回 5/29 刑事裁判の近代化と拷問制度の廃止
第6回 6/05 『丁丑公論』を読む 福沢諭吉の西郷隆盛論
第7回 7/16 二通の下文に見る鎌倉幕府と御家人

講師:
 永村 眞(日本女子大学名誉教授)
 藤本 孝一(龍谷大学客員教授・冷泉家時雨亭文庫調査主任)
 生駒 哲郎(本学教養教育リサーチセンター研究員・東京大学史料編纂所非常勤職員)
 漆原 徹(本学教授)
 高田 久実(武蔵野学院大学准教授)
 堀口 修(元大正大学教授・元宮内庁書陵部編修課勤務)
 高橋 恵美子(本学非常勤講師・武蔵野学院大学教授)




(※いずれも詳しくはリンク先をご覧くださいね)



面白そうな講座があとからあとから出てきますね!
全部に申し込みたいくらいです


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室町期や南朝正統論に関する講座・講演会

講座・講演会のご案内です。


長野県立歴史館
県立歴史館の信州学出前講座in諏訪「諏訪信仰と室町幕府」


長野県立歴史館 県立歴史館の信州学出前講座in諏訪「諏訪信仰と室町幕府」


【期 日】平成31年2月23日(土)
【会 場】諏訪市博物館 学習室(諏訪市中洲神宮寺171-2)
【時 間】13時30分~15時10分
【テーマ】「諏訪信仰と室町幕府」
【講 師】村石正行(当館専門主事)
【その他】・事前申込みの必要はありません。先着順80名。
・受講料は無料です。




鳥取県立博物館
《歴史講座》鳥取地域史研究会記念講演会「室町期の因幡・伯耆と山名氏(仮)」


鳥取県立博物館 《歴史講座》「室町期の因幡・伯耆と山名氏」

室町時代の因幡・伯耆国は守護大名山名氏が治めていました。当講座では伊藤大貴氏(島根県文化財課)をお招きして、山名氏の動向や政治についてご講演いただきます。

■日時:2月24日(日)14時30分~16時
■場所:博物館講堂
■講師:伊藤大貴氏(島根県文化財課)
■対象:一般
■参加費:無料
■申込み:不要




朝日カルチャーセンター新宿教室
【新設】「太平記」と南朝正統論


講師名:学習院大学教授 兵藤 裕己

講座内容:
南北朝時代の南朝と北朝のどちらを正統とするかは、同時代(『太平記』の時代)における最重要の政治問題だった。
1392年、足利義満によって南北朝の合一が図られ、北朝が正統の皇嗣とされて今日に至っている。だが、江戸時代の初頭、徳川家康が南朝の忠臣新田氏の子孫を称したことから、近世・近代には南朝正統論が台頭することになる。
南朝正統論が発生した歴史的な経緯と、その後世(近代)への影響について考えます。 (講師・記)

日時:2019年 3/15, 3/22(金曜) 15:30 - 17:00 2回




(※それぞれ、詳しくはリンク先をご覧ください)



今回の講座・講演会はがっつり南北朝ではありませんが、どれも面白そうですね!
まだまだ講座情報はありますので、またご紹介したいと思います。


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足利義満の花押について 東寺百合文書WEB 上島有氏の東寺百合秘話より

東寺百合文書WEBに、足利義満の花押についての歴史学者・上島有氏の談話が掲載されていました。


再読!91歳上島有(うえじまたもつ)さんの東寺百合秘話 ⑩
東寺百合文書WEB 2019-01-16

(スクロールして、全体の真ん中あたりに「東寺百合文書から 永徳元年12月12日 足利義満御判御教書」があります)


義満の古文書はそんなに数を見たことあるわけじゃないけど、いつ見ても公家様花押なのが気になっていました。
そういうことだったんだー。
そして鹿にも意味があったんですね。
本当に勉強になる

せ函武家御教書並達52号「足利義満御判御教書」永徳元(1381)年12月12日
記事より、せ函武家御教書並達52号「足利義満御判御教書」永徳元(1381)年12月12日

↓ちなみにこれが義満の武家様花押。東寺百合文書では見つけられなかった。
足利義満武家用花押(佐藤進一『花押を読む』より)
『[増補]花押を読む』(佐藤進一著/平凡社)より


また、上の方の記事、百合文書を京都府が購入する経緯や前後の様子など読んで、もう、涙が出てきてしまいます
(前回分はこちら→「再読!91歳上島有(うえじまたもつ)さんの東寺百合秘話 ⑨」)

私たちがいまこんなふうに自由に東寺の古文書を見ることができるのも、当時尽力した方々のおかげですね。
ほかの組織が購入してもよい未来となったかもしれませんが、申し分のないような現状なのでこれがベストだったのだと思います


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プロフィール

カオリ丸

Author:カオリ丸
下総国の住人。
南北朝初心者で、足利尊氏が好きです。
メールアドレス↓
alovet1305★あっと★gmail.com
(「★あっと★」を「@」に置き換えてくださいね)

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